大分市歴史資料館のみどころ

日付 2021/04/15
卓話者 大分市歴史資料館 館長 植木 和美 様

なぜ「大分」というのだろう

・【豊後国風土記】より、景行天皇が大分をご覧になり「広い土地である。この地を碩田国(おおきだのくに)と名付けよう。

・【地形より】「おおきだ」の「きだ」は刻むという意味から「大きく刻まれた土地」すなわち、丘や段丘、山が多い土地であるという意味。

地形の特徴より、大分は地域性豊かな文化が育まれた。

大分市歴史資料館

・昭和62(1987)、国指定史跡「豊後国分寺跡」に隣接する地に開館。

JR久大線「豊後国分駅」南100mにある。

①1階ホー
・豊後国分寺七重塔模型(10分の1)
日本最大級の高さを誇ったと考えられる。残されている礎石より基礎1辺の長さを計測、そこから高さを67mと推定。

七重塔は現在、観音堂となっているが礎石はよく残っている。

1展示室
・世界にひとつだけの「かご入り黒曜石」
(国指定史跡「横尾貝塚」出土)

縄文時代から続く「横尾貝塚」から出土。大分県姫島産の黒曜石(こくようせき)が、かごに入った状態。

・日本にひとつだけの細型銅戈(どうか)の「同范銅戈」
(大分市指定有形文化財)

弥生時代に同じ鋳型(同范:どうはん)からつくられた。「伝岩屋遺跡出土銅戈」(滝尾地区)と「住吉神社所蔵銅戈」(大在地区)からそれぞれ発見された。

③第2展示室
・大友宗麟と府内のまち手紙を数多く出した大友宗麟(大友宗麟書状:複製)府内のまちにもたらされた多くの輸入陶磁器(中国・東

南アジア)「大友宗麟」に関して、ヨーロッパで発行された出版物。戦国時代の府内のまち(江戸時代の写し府内古図)大友宗麟が積極的に海外と交流し文化を取り入れたことから、府内のまちは国際貿易都市として発展した。

・江戸時代の大分市

江戸時代の大分市は、6つの藩などの領地が入り交じっていた。

府内藩(大分市)・臼杵藩(大分県臼杵市)・岡藩(大分県竹田市)・熊本藩(熊本県)・延岡藩(宮崎県延岡市)・幕府領

江戸時代6つの領地が入り交じっていたため、地域性豊かな文化が育まれた。

大分市歴史資料館の「教育活動」

・ふれあい歴史体験(火起こし・勾玉づくり)
・小学校社会見学・修学旅行
・むかしの道具(民俗資料)は高齢者の関心が高い
・研修(企業・教職員など)