会長の時間(令和3年1月28日)

日付 令和3年1月28日
会長 那賀 圭介

昨日、ついに世界のコロナ感染者数が1億人を突破しました。死亡者数も215万人となり、約2%の死亡率であります。この数は、大分県の人口の約2倍の人が亡くなった事になります。一向に治まる気配のないこの状況が非常に心配であります。又、この自粛規制の最中に国会議員が夜11時過ぎまで銀座のクラブなど3軒のハシゴ酒をするなど、数名が羽目を外した行動で問題になっております。このようなお粗末な行動には甚だ呆れ果ててしまいます。

さて、先週から週報の表紙が変わりました。ヒロ・ヤマガタ作の「レイニーデイ」です。1948年に滋賀で生まれ、高校卒業後にヨーロッパへ渡り、78年からアメリカへ、そして現在に至っております。この作品は、1986年の作品で、当社の本社屋落成にあたり、35年前に購入した物であります。ヤマガタの作品は、カラフルな風船や花火、気球のイメージがありますが、これは珍しくモノクロです。霞がかったエッフェル塔の情景が気に入っています。

さて今日は、車の話パートIIという事で、まずは自動車の歴史についてです。1890年代に同一のダイムラーがガソリンエンジンの3輪自動車を作ったのが最初だと言われております。石炭で走る車はもう少し前からでありますが、1896年にヘンリー・フォードがフォードを設立し、1908年にT型フォードを開発、発表したのが現在の自動車の原点です。

日本では1920年に設立した、マツダ・スズキが一番古く、昨年100周年を迎えております。1926年には、日産の前身「ダット」が設立されております。トヨタの歴史は、皆さんご存知の自動織機を開発した「豊田佐吉」の息子「豊田喜一郎」が、1933年に豊田自動織機に自動車制作部を作ったのが始まりです。1937年にトヨタ自動車工業を設立、当時から今も有名な「看板方式」で「ジャストインタイム(現地・現物)」を実現し、GMやフォードにも影響を与えました。1947年にトラック・乗用車の生産を本格的に始め、1950年にはトヨタ自動車販売を設立、販売の神様と言われている「神谷正太郎」の元、今あるディーラー縄が出来ていきました。当初、トヨタも大変厳しい船出でありましたが、1950年に勃発した朝鮮事変で、軍事用トラックやジープを増産することにより、なんとか生き残ったようです。本格的な量産乗用車は、当時1,000ドルカーと呼ばれた1961年の「パブリカ」からです。1ドル360円の時代でした。その後、クラウン・コロナ・カローラと続いていく訳であります。トヨタは創立88年で、現在の従業員数は約36万人、我々販売店は13万人、取り扱い車種は35車種以上であります。世界の自動車メーカーは50社以上あり、内日本は13社、120車種以上あります。お客様の選択肢が大変多い事は良い事でありますが、日本は特に多すぎますね。

昨日、全国トヨタ販売店代表者会議がオンラインで開催されました。その中で、現在日本国内での車関連の従業員は約550万人、走っている車は約8,000万台。こんな中で我々は、「地域の困り事に寄り添い、仲間と共に幸せの量産を図る!」という話がありました。コロナ禍の中で、トヨタは5年ぶりに約953万台を販売し、世界1を達成しました。国内でも過去最高の占拠率51.1%だったようです。今の状況の中、大変ありがたく思います。しかし、トヨタ内での競争が益々激しくなる中、メーカーは「競争なくして成長なし!」と我々販売店に檄を飛ばしております。頑張ります!