卓話の時間(10月22日)

日付 2020/10/22
卓話者 中川会員/安並会員

中川会員

皆さん、こんにちは。7月から入会しました、九州電力の中川です。

本日は、卓話の機会をいただきありがとうございます。
まず、初めに改めまして簡単に自己紹介させていただきます。

生まれは昭和40年10月、先週で55歳になりました。定年まであと5年となりましたので、最後、もうひと踏ん張り頑張りたいと思っています。出身は鹿児島県、皆さんも時々ニュースでお聞きになることがあると思いますが、ロケット打上げ基地のある種子島の出身です。現在も、実家は種子島にあり、高校まで自然豊かな田舎ですくすく過ごしました。趣味はありきたりですが、読書、ウォーキング、ゴルフ、週末大分にいるときは、少しでも運動不足の解消になればと思い、大分川の河川敷を1~2時間くらいはウォーキングしています。ゴルフは、お付き合い程度で、だいたい月1、2回程度です。

現在自宅は福岡市内にあって単身赴任中です。転勤は、これまで九州各地を11回、だいたい3年に1回程度繰り返してきました。大分は2回目の勤務で、前回は2010年(平成22年)7月から2013年6月(平成25年)まで3年間勤務しました。当時は、ちょうど、大分駅周辺の再開発事業が進められている時期で、大分を離れる少し前に駅の南側、上野の森口だけは出来上がっていた状態で、久しぶりに訪れた大分は、駅周辺は綺麗に整備されて、その変貌ぶりにはびっくりしました。

大分は2回目の勤務なので、前回にも増して、大分生活を満喫したいと思っています。

さて、本日の卓話の依頼をいただいた際に、何を話そうかと考えました。

調べてみましたところ、前任の近藤が一昨年(2018年)3月に、4月から実施予定だった「電気料金の値下げ」について話をさせていただいていたようです。

そこで、今回は、最近、電力の自由化という言葉や、電気を売る会社が九州電力以外にもあるという事については、皆さまもご承知だとは思いますが、皆さまが、あまりご存じではないと思う、電力業界で進められている、「電力システム改革」ついて情報提供を兼ねて少し話をさせていただきたいと思います。

また、後半では少し会社のPRをさせていただこうと思いますので、よろしくお願い致します。

電力システム改革は、2011年(平成23年)の東日本大震災を契機に、日本におけるエネルギー問題が大きな課題となったことで一気に加速しました。当時は、原子力発電所の停止により、需要に対して供給する電力が不足したことで、東京電力管内では、地域ごとに輪番で停電する計画停電が実際に行われました。

東京電力管内以外でも、当時は、その後各電力会社の原子力発電所も全機停止したことで、計画停電について、具体的に検討が行われました。ただし、実際には東京電力以外の地域では計画停電は実施されませんでした。ただ、今は安心してください。現在は、電力の供給力も十分に確保されており、無駄な電気はお使いいただく必要はありませんが、必要な電気はどんどん使っていただいても大丈夫です。

さて、電力システム改革にかかわるスケジュールですが、震災から2年後の平成25年に4月に「電力システムに関する改革方針」が閣議決定されました。電力システム改革方針の目的は、大きく3つであり、1つ目は、安定供給の確保、2つ目は、電気料金の最大限の抑制、3つ目は、お客様の選択肢や事業者の事業機会の拡大の実現を目的に実施されることになりました。

なお、この改革は、これまでの電力業界の事業体制を大きく変革する内容であること、また実際に電気をご使用いただいているお客様にも大きな影響を及ぼすことから、実施を3段階に分けて進められることになりました。第1段として、電力広域的運営推進機関の設立です。

電力広域的運営推進機関の主な役割は、全国の電源の広域的な活用に必要な送電網の整備を進めること、また平常時・緊急時の受給調整機能を強化、調整する事などです。

例えば、東日本と西日本では電気の周波数が違うため、東日本と西日本間では電力の融通が限られた量しかできない等の課題があり、これらを解消するために周波数変換設備の増強、また、受給逼迫時の電力各社間の融通、電源の焚き増し指示等を行っております。

また、契約する電力会社を変更する際に、電気事業者が使用する全国共通のプラットホームである「スイッチング支援システム」がありますが、これも広域機関が運用しています。

なお、電気事業者(発電事業者、一般送配電事業者、小売電気事業者等)は、この広域機関の会員になることが義務付けられています。広域機関の役割は、簡単に言えば、これまで各電力会社または電力会社間で解決していた、全国的な課題を整理する取りまとめの機関が出来上がったといえます。

第2段は、電力小売り参入の全面自由化です。ここが九州電力にとっては最も大きなインパクトがありました。実は電力の自由化は、2000年からスタートしており、当時は使用電力の大きい2,000kW以上で受電する大口需要家が対象となり、その後、2004年に500kW以上のお客様、2005年に50kW以上のお客様(電力量ベースで63%)が対象となって拡大してきました。ただし、対象が50kW以上のお客様という事で、比較的規模の大きなお客様が対象であったことから、電力の自由化はまだそれほど浸透している状況ではなかったと思います。そして、2016年4月から一般のご家庭のお客様含めて、全面自由化がスタートしました。

今現在、全国では、600社を超える小売電気事業者が登録しており、九州電力管内でも100社を超える小売り電気事業者が実際にお客様に電気の販売を行っている状況です。

新電力がどうして、電気を販売できるのかというご質問をよくいただきますが、本日は時間がないので、そのあたりの仕組みについては、本日は割愛させていただきます。

そして、本年2020年4月から、電力システム改革の第3段として、送配電部門の分社化が実施されました。

これは、電力市場における活発な競争を実現する上では、誰でも自由にかつ公平に送配電のネットワークを利用することが必要であり、送配電事業の一層の中立性を確保するために、これまで認められていた、小売り事業と送配電事業の兼業が禁止されることになったことに対応したものです。

九州電力の小売り部門は、新たに電気事業を展開する新電力と同じ立場で、送配電会社とはお付き合いをしなければならなくなりました。

これは、九州電力だけではなく、全国の既存の電力会社についても、同様の措置が取られています。

分社化のイメージは次のとおりです。送電線や配電線、変電所等電力の供給設備の管理部門である送配電部門が、九州電力本体から分社化したイメージです。

社外のお客様からはこの変化はどう変わったが見えにくい部分であると思いますが、情報遮断や人事交流等についても厳しい規制があり、我々にとっては、非常に大きな変化となりました。

お客様視点から見た場合の分社化後の対応内容は、大まか次のとおりです。

引越の契約の停止手続きやアンペアの変更は九州電力へ

停電や電気設備に関する問合せ等は、九州電力送配電へお問い合わせいただくことになります。

現在は、問い合わせ時の電話番号も別々に設定されています。

ただ、送配電会社の電話番号は、まだ認知度が低いため、送配電会社の業務に関わる内容に九州電力へ問い合わせがあった場合は、電話を九州電力から送配電会社へ転送する等の対応を行っています。

今年は台風シーズンも終わりましたが、台風や地震、豪雨災害等により、大規模停電が発生することがあります。先程、ご紹介したとおり、分社化後は、電力の供給設備の復旧や停電の問い合わせについては、送配電会社で対応することになるわけですが、大規模停電時は、お客様からの多くのお問い合わせがありますので、分社化によってお客様サービスレベルが低下することがないように、大規模災害に伴う対応時は、引き続き、送配電会社および九州電力が一体となって対応することとなっています。

また、電気の契約関係についての、お客様と小売り事業者と送配電会社との関係は次の通りです。九州電力を含む小売り電気事業者は、送配電会社と託送契約(簡単に言えば、送電線使用料に関する内容等)を結ぶ仕組みとなっており、お客様が電気の契約関係について、送配電会社と直接やり取りをすることは、基本、ないことになっています。送配電部門の分社化については、以上です。

次は、簡単に会社で実施しているキャンペーンとグループ会社についてご紹介させていただきます。

10月から12月末まで、豪華プレゼントが当たる、2020年度のオール電化キャンペーンを開催中です。

リフォームや新築でオール電化をご検討のお客様がいらっしゃれば、ぜひご紹介をお願い致します。

また、九州電力では様々業種でグループ会社を展開しております。新型コロナウィルス対策についても、各種対応商品を取りそろえております。お客様の様々なお困りごとを九電グループで解決致しますので、何かお困りごとがございましたら、電気のことだけではなく、何なりとご相談いただければと思います。

はなはだ、簡単ですが、以上で卓話を終了します。ご清聴ありがとうございました。

本日は、貴重な時間をいただきありがとうございました。

 


 

安並会員

三井住友海上の安並です。業種は損害保険業になります。1970年1月生まれの50才、生まれも育ちも東京ですが、両親はともに高知県出身です。
安並という苗字と出会われたのは初めての方もいるかも知れませんが、ググっていただくと高知県の地名が出て参ります。城跡があったり、水車の里があったりのどかな場所です。

私の先祖は元々京都にいた一条氏に帯同し、応仁の乱を避けて土佐・高知にきました。土佐一条氏の5代目:一条兼定は大友宗麟の甥にあたりますので、大分県とのご縁も感じる次第です。詳しくは一条兼定のwikipediaをご覧ください。

さて損害保険業界に入社後、リスクマネジメントやリスクコンサルなどをすると思っていた私の仕事はいわゆるお金集めでした。当時はバブルの名残が残る積立全盛時代、保険会社は集めたお金を運用し、運用益をメインとしていた時代。

他の損害保険契約はいわゆる護送船団方式という全社共通の内容、保険料でした。

なので、私たち営業社員はいかに自社に契約を切り替えていただくかが営業の勝負となり、当時の私の得意技は判子を逆から読んでもすぐに名前を見つけることができることでした。

96年の金融ビッグバン、97年の保険の自由化により、全社一律の商品も変わり、各保険会社が独自色を出していくようになります。

損害保険業界の歴史を見ると、当社は船舶保険に始まり、その後火災保険、1960年代からのモータリゼーションの進展とともに自動車保険にシフトしていきます。現在では取り扱い契約の過半数が自動車保険となっている業界ですが、今日はその更なる先を考察したいと思います。

現代のキーワードはDX(デジタルトランスフォーメーション)、個人や法人の活動は全てデジタル技術により「数えられる」「把握される」時代に入っており、世界にはデジタルプラットフォーマーと呼ばれる企業が多数生まれています。GAFAやBATHがそうです。彼らはデータを収集・分析して緻密にビジネスで活かしています。

私が入社した当時(1990年)の世界の時価総額ベスト10企業はNTT(約1兆8千億)を筆頭に全てが日本企業でしたが、現在はマイクロソフトを筆頭にこのGAFA、BATHが埋め尽くしています。

日本企業のトップは45位のトヨタです。このように30年で大きく世界が変わっているのです。

彼らデジタルプラットフォーマーは業界の垣根を越えてディスラプション(市場破壊)を繰り返してきています。いつGAFAやBATHが損害保険業界に目を付けて日本に参入してくるかわからない状況下で、私たち損害保険業界もデジタル化に注力する必要があるのです。

先ほどのトヨタも「生き残る」ための策をいくつも打ち出し、UberやSOFTBANKなどの他業種とも手を結びました。KINTOというサブスクリプションも開始しています。

日産も「自動運転」を前面に打ち出していますね。この自動運転が更に進むとどうなるか。エアバッグと同じスピードで普及することを想定すれば2029年には自動運転はレベル3~4の世界が実現すると言われています。

自動運転が進展し、自動車がぶつからない世界になったら損害保険はどうなるのか。事故も減り、業界の過半数をしめる自動車保険が減ったらどうなるのか。ここに保険会社がデジタライゼーションを進める理由があります。IAIS(保険監督者国際機構)「保険業界とフィンテックレポート」には保険会社の優位性が保たれるシナリオとして「デジタライゼーション対応力の高い会社が一段と有利になり保険会社の淘汰が進む」、という内容が記載されています。

当社もデジタルを活用して「選ばれる保険会社」にならなくてはなりません。

当社の中期経営計画のあらゆる場所にデジタライゼーション関連の項目が記載され、RPAによるロボット代行や、代理店の皆さんの経営アドバイスにもAIを使用するようになりました。

ビッグデータやAIを活用した予測分析を用い、従来成約期間に3カ月かかっていたものを10日までに短縮する、そのような保険販売スタイルを構築して、ネットで33秒で車を350台売るようなデジタルプラットフォーマーと伍していかなければならないのです。
最後に私の目標をお話しします。

現在、大分県では「UIJターン」にかなり力を入れて、大分に人を呼び込むことに注力されています。

私のケースではこのいずれにもあたらず、「県外から大分に来て、大分を好きになり、一度会社の辞令により大分県から出されますが、いつか必ず戻ってくる。」これを「Nターン」と名付け、いつか広瀬知事に発言いただくこと。これが私の夢であり目標です。

最後は駆け足となりましたが、ご清聴いただきありがとうございました。