節分

日付 令和2年1月30日
会長 佐藤 佳郁

今は立春の前日をいいますが、もともとは、立春、立夏、立秋、立冬の四季の分かれ目の前日を意味する言葉が「節分」でした。立春が一年で一番初めに訪れる節目であったためか、新たな年の始まりと考えられ、春の節分が最も重視されたのでしょう。

煎った大豆をまいて鬼を追い払い、厄を払う風習は中国から伝わったものです。平安時代の宮中では「追儺(ついな)」「鬼遣(おにやらい)」といって、大晦日に行う年中行事のひとつでした。
民間で行われる節分の行事は、宮中の行事が伝わったものです。豆まきは節分の夜に一家の主人が「福は内、鬼は外」と唱えながら、豆を家の内、外にまきます。豆をまいて邪気を祓い、最後に自分の年の数よりひと粒多く食べて、年齢をひとつ重ねる日でもありました。また、この日は家の入り口に柊の枝に鰯の頭を刺したものを差す風習がありますが、これは柊(ひいらぎ)の葉のトゲと鰯(いわし)の悪臭で疫鬼を追い払う意味があります。