発売30周年アサヒスーパードライの軌跡

日付 2017/03/09
卓話者 アサヒビール㈱大分支社長 利岡万広様

①酒類業界の状況紹介
・酒類・食品の総生産額
・酒類のカテゴリ分類
・カテゴリ別酒類消費量
・世界のビールブランドランキング
・大手合併による世界No.1ビール会社誕生
・酒類マーケット規模の推移予測
・アサヒグループの資本業務提携
・アサヒグループの事業領域
・アサヒグループの売上状況
・アサヒグループの利益状況
・環境変化について
・ビール類のシェア推移

②スーパードライの軌跡
スーパードライのコンセプトは、洗練されたクリアな味、辛口。
1987年に発売し、28年連続で1億ケースの売上をいただいている、ビールNo.1ブランドです。
国内ビールにおいてシェアが約50%あり、日本のビールの2本に1本がスーパードライという状況です。
現在は、アサヒ、サッポロ、キリン、サントリーという4社が大手ビールメーカーとなっておりますが、実は、サッポロビールとアサヒビールは以前は大日本ビールという同じ会社でした。当時、大日本ビールはシェア70%を占める巨大企業でしたが、第二次世界大戦後の財閥解体によりアサヒビールと日本麦酒(サッポロビール)に企業分割されました。
キリンビールは分割対象とならず、結果唯一のナショナルブランドとなり、その後シェアを大きく高めていきます。アサヒビールは企業分割以降、徐々にシェアがダウン。その後スーパードライの発売を経てトップシェアまで奇跡のV字回復をします。
アサヒビールがなぜシェアダウンしたかというと、大きく2点理由が考えられます。
1つはローカルブランド化です。企業分割の際に東日本はサッポロ、西日本はアサヒビールとエリアによって明確に販売網が区切られることとなり、ローカルブランド化。財閥解体のあおりを受けず、全国的に販売網を維持していたキリン社だけがナショナルブランドとして存在することになりました。2つ目は新商品の失敗です。企業分割後、提供する品質に不安定なことが多く、お客様からクレームを頂戴することもありました。「アサヒビール=おいしくない」というイメージが根付いてしまったのです。
その当時に躍進を続けたのがキリンのラガービールです。ホップが利いた中味の濃いしっかりとした味わいのビールで、最高シェアが63.8%という驚異的な数字を誇っておりました。結果、1985年にはついにシェアは10%を割り込み、9.6%にまで下がってしまいました。
ここでようやく、アサヒビールにも、本格的な危機感を感じるようになります。
そして、とにかく今までの常識にとらわれず、しっかりお客様の声を聞いて、商品を生み出そう、といって生まれたのが、スーパードライでした。
スーパードライが発売される前に、2つの常識がありました。一つ目は「ビールは苦いのがあたりまえ」という常識。
スーパードライが発売される前は、キリンさんのラガーに代表されるような、苦い味のビールしかありませんでした。二つ目は大変失礼な見方でありましたが、「お客様はビールの味が分からないのではないか」という常識も同時に存在していました。
当時の開発者はこの常識にこそ問題点があると考え2つの仮説を立てました。
 1.お客様の嗜好は変化する
 2.お客様は味がわかる
仮説を元に嗜好調査結果を更に詳しく分析したところ、20代、30代の戦後生まれの若い層ほど、スッキリした爽快感のあるビールへの潜在的な要求が強いと言うことが分かりました。口に含んだときのうまみとか、「コク」よりも、どちらかといえば、のどごしのスッキリした「キレ」の方をより重視する層が広く存在するということです。
また、日本の和食は非常に繊細な料理です。この繊細な料理の味がわかる日本人であれば、絶対にビールの味もわかるに違いないと考えたのです。
和食に合う、お客様が求めるビールをつくるために、当時では前代未聞の5,000人ものお客様を集めて、どんな味のビールが好きなのかを徹底的に調査いたしました。
そこで出た結論が「お客様は苦いビールをもとめているのではない。もっとすっきりしていて飲みやすくどんな料理にでも合う、何杯飲んでも飲み飽きないビールを求めている。」ということでした。
味のコンセプトを一言で言うと「辛口」です。
この言葉は、もともと日本酒の味を表す表現の「辛口」に由来しています。
そうしてできたのが、アサヒスーパードライであり、・洗練されたクリアな味、辛口。
・ さらりとした口あたり、シャープなのどごし、キレ味さえる、いわば辛口ビールです。
というキャッチコピーで発売されました。
スーパードライ発売にあたっては、3つの方針が立てられました。1つはコンシューマーオリエンテッド。つまりお客様が求めている味をご提案するということ。
2つ目はファーストエントリー。今までにない「ドライ」という全く新しいカテゴリを創出すること。
3つ目はブランディングで、イメージを統一し発売時からその先まで一貫したトータルマーケティングを計るということです。発売当初の広告は「新しい主張」「新しい味」ということを謳い、その後も一貫して「かっこよく」「洗練されている」ブランドを表現し続けてまいりました。
スーパードライ発売後、売上が好調なのを見て他社からもドライビールの商品が次々に発売され、いわゆる「ドライ戦争」が起こりました。
結果は、ファーストエントリーの力を生かしたスーパードライだけが残り、他ブランドが定番化することはありませんでした。むしろドライ戦争はお客様からは「ドライブーム」と捕らえられ、結果としてスーパードライに追い風をもたらすこととなりました。
ところがスーパードライはそのまま売上を伸ばし続けたのではなく、一時的に踊り場を迎えます。
その踊り場を脱却するための重要な戦略が「鮮度活動」でした。
「工場のビールが一番おいしい」などのお声をお客様からよくお聞きします。
そこで、なるべくおいしい状態で飲んでいただくために「鮮度活動」を徹底します。
すべての工程で鮮度を保つ活動を徹底することにより、以前は製造から出荷するまでで20日かかっていたものを3日台で出せる体制を構築しました。
これにより、よりおいしいものがお客様に届けられ、おいしいからお客様も買ってくれるという好循環が生まれました。
スーパードライについてはこれまで、長期にわたり一貫したブランディングを行い、競合がさまざまな仕掛けをしてくる中でも、鮮度活動を中心としたお客様が求める価値を提供し続け、ブランド強化を継続的に行ってまいりました。その結果として、ビール売上No.1のブランドへと成長し、現在に至っています。
2017年3月17日(金)アサヒスーパードライは発売30周年を迎えます。
発売30周年に際して、本年は単に過去の振り返りや周年訴求を行うのではなく、改めてブランドの本質的な価値を見つめ直し、将来に向けて力強く発信する年としていきたいと考えています。