職業は津軽三味線奏者

日付 2016/09/15
卓話者 津軽三味線 和心 主宰 鈴木利枝様

本日はお話の機会を頂きありがとうございます。津軽三味線奏者の鈴木利枝と申します。三味線奏者、と言いますと芸事の家に生まれたの?と聞かれますが、普通の一般家庭です。今日は皆さまに津軽三味線について、そして私自身のことを少しお話しさせていただきます。

名古屋市出身ですが小学生の時に偶然近くの公民館で三味線教室があり、父に習うように言われました。父は若いとき海外で生活しており「何か日本のことをしてほしいといわれた際に何も出来ないことにショックを受け、将来は益々国際化が進むということで、子供には何か和のものを身につけさせたかったようです。中学二年の時、父が仕事を辞めて本場青森県に移住しました。ただ、三味線の人間関係などで不登校になり高校も進学せず十五歳からアジアを放浪しました。そこで、
その日生きることに必死な人達、日本とは全く異なる世界を目にして、これではいけないと思い、帰国後独学で勉強と三味線を再開して十六歳で大検を取り、APUに入学しました。

APUに入学して海外の学生と接していると皆自国の文化に誇りをもって詳しいことに驚きました。日本人で三味線、尺八等和楽器を一度も聴いたことのない若者は多いですし、もっと三味線を知ってもらいたいと思い、学生時代から各地で演
奏活動、指導等しておりました。大学時代に全国大会で優勝して、プロになることに決め、今に至ります。東京、福岡等行き来しながら、大好きな大分を拠点にしております。

では津軽三味線について、お話しさせて頂きます。普通の三味線との違いを聞かれることが多いのですが、まず歴史が異なります。長唄は歌舞伎や日舞のバックで演奏されたり、地歌はお琴と合奏されたり、民謡は各地の民謡の伴奏として弾かれます。津軽は一番新しい三味線です。今から百年ほど前青森県津軽地方で生まれました。ジャズと似ている歴史と言われ、虐げられた人々から生まれた音楽です。盲目の人々が生きるため、三味線を持って家々を回り、お米やお金を頂き生活していました。生きるために弾かれた三味線のため、ほかの三味線と違いばちで皮(犬)をたたきつけるように演奏され、さらに哀愁漂う音色でもあります。

現在はエレキ三味線が開発されたり、ほかの楽器とコラボしたり、いろいろと進化している和楽器です。

本日は古典~新曲までお聞きいただけたらと思います。