創立50周年を迎えた太陽の家について

日付 2015/12/24
卓話者 太陽の家事務局長 早田愛一郎氏

去る10月4日、社会福祉法人太陽の家は、創立50周年式典に天皇、皇后両陛下のご臨席を賜りました。太陽の家の50年の歩みをご紹介させていただきます。

「世に身心障がい者はあっても、仕事に障害はあり得ない。」「障がい者の真の幸福は同情や慈善ではなく、働く機会を得ることである。」

国立別府病院(当時)の整形外科医であった中村裕1965年別府市に「障がい者の働く場」として太陽の家を創りました。当初は、障がい者と職員あわせて15名でのスタートでしたが、現在は大分県、愛知県、京都府の3 ヶ所に事業所を展開し、障がい者1,073名(施設利用者402名、雇用労働者671名)と高齢者106名および健常者698名、合計1,877名が、働き・生活する場となっています。

事業内容は、1就労機会の提供、2障がい者と高齢者に対する生活介護サービスの提供、3地域における在宅生活の支援、4地域社会に対するサービスや施設の提供(スーパーマーケット、クリニック、体育館、トレーニングジム、プール、公衆浴場等)など多岐に亘っています。

社会福祉法人が、民間企業と共同出資の株式会社を設立したのはわが国で初めてのことであり、オムロン、ソニー、ホンダ、三菱商事、デンソー、富士通エフサスなどの日本を代表する企業と提携して、太陽の家は「障がい者の健康管理や日常生活支援」を行い、提携企業は「仕事の確保と生産技術や工場の運営管理」を担うというユニークなシステムで、障害特性に応じた作業環境の整備を進め、数多くの障がい者雇用を実現しています。

また、パラリンピック発祥の地である英国で始まった「スポーツリハビリテーション」の有効性に着目し、障がい者スポーツの振興に取り組んできました。1964年東京パラリンピックの日本選手団長は中村裕でした。車いすバスケットボールは、国立別府病院から始まり、1981年の国際障害者年を記念して始まった「大分国際車いすマラソン大会」は、今年35回目を迎えました。

さらに、太陽の家は、アジアの障がい者との交流を積極的に進めています。毎年、ラオスから障がい者研修生を受入れ、障がい者スポーツと車いすの製造・修理技術の研修を行っています。

これからも、創設者中村裕のチャレンジ精神を受け継ぎ、どんなに重度の障害があっても「人間としての尊厳が保たれる社会の実現」を目指して活動して行きます。