さくらの日

日付 2015/03/26
会長 由見 真治朗

明日は「さくらの日」です。これは公益財団法人日本さくらの会が1992年に制定した日で、二十四節気を初候、次候、末候に分けた、季節を表す七十二候の桜始開が3月25日から29日にあたることから、桜が咲く(3×9=27)で3月27日にしたとされています。
日本において桜は公式には国花ではありませんが、日本人が好きな花として特別な地位にあり、事実上は国花の一つとして考えられています。桜は突然変異が多い植物であり、園芸技術の発展に伴い品種改良も行われたことから、現在、国内には固有種、交配種を含めて600種類以上の品種が存在しますが、その中でも染井吉野は全国的に学校や公園、街路樹として数多く植えられています。染井吉野は種子では育たず、ほとんどが接ぎ木などで増えたもので遺伝的にもほぼ同じであるため、周囲の気候変化による反応が同じで条件が整えば一斉に開花します。
新しい年が明け、しばらくすると桜の開花予想が発表されますが、その桜の木は染井吉野が使用されます。桜が開花する時期は社会的に関心が非常に高く、開花の予測に関する研究が行われてきました。1951年に関東地方を対象に始まった桜の開花予想ですが、現在では気象庁は観測のみ行い、一般財団法人日本気象協会や株式会社ウェザーニュースなどの民間企業が気象学的根拠に基づいた予想を行っています。日本気象協会の予想する地点数は、2月中に発表する開花時期の傾向は48地点、3月以降に発表する開花日と満開日の予想は全国で約90地点を発表しますが、その地点は各気象台が観測する標本木53地点と自治体や公園などの協力機関から観測データを得られる約35地点を対象としています。
染井吉野の起源には諸説ありますが、系統的にはオオシマザクラとエドヒガンの遺伝子的特徴を持ち、江戸時代末期に園芸品種として確立された説が有力です。東京都豊島区の染井通りは、江戸時代には染井村として数多くの植木屋が軒を連ね、園芸の町として栄えましたが、最も活躍したとされる植木屋の伊藤伊兵衛が自然交配されたものを見つけ接ぎ木で増やした説と人工的に品種改良した説があります。その頃、桜と言えば山桜が一般的でしたが、その新種の桜は花が満開なのに葉っぱがなく、見た目が華やかだったため、伊藤伊兵衛は数年かけて育て、吉野桜と名付けて全国へ広めました。花が美しく、生育も早いことから堤防や公園などに植えられましたが、吉野桜という名称は奈良県吉野山の山桜と混同されることから、文部省博物局(現在の東京国立博物館)の博物学者、藤野寄命博士が「染井吉野」と命名しました。一般的に染井吉野の樹齢は60年から80年とされていますが、青森県弘前市には樹齢133年の染井吉野があり、地道な樹勢回復と適切な管理を行えば100年を超える染井吉野を育てることも不可能ではないようです。ただ、傷口が傷みやすく、台風の被害や人の手によって枝が折られると一気に枯れてしまいます。桜は日照を好み、土壌の乾燥や過湿に弱く、剪定と連作を嫌います。また、根が人や車に踏みつけられると呼吸作用が衰え、生育不良や根腐れの原因になります。染井吉野は接ぎ木でしか増えないため、人間との共存しか生きる道はなく、100年間、何もしなければこの世から無くなってしまうのです。寿命が近づいた染井吉野は、人の手によって若い苗木に植え替えてあげた方が、未来へ受け継いでいくためには良いことだと思います。
日本さくらの会が選定する「さくら名所100選の地」に大分県内で唯一選ばれているのは竹田市の岡城址ですが、4月1日から10日までが見頃とされ、4月5日には岡城桜まつりが開催されます。竹田商工会議所青年部が中心となり30年以上続く大名行列は、史実に基づき再現され、毎年多くの観光客が訪れ祭り一番の見所となっています。本丸、二の丸から望む山々のパノラマロケーションは素晴らしいと言いますので、皆さんも来週末は岡城址までお出掛けになってみてはいかがでしょうか。