自分という仕事

日付 20180614
卓話者 コンテンポラリーダンサー・振付家 穴井 豪様

1980年大分市に生まれ、高校時代までを大分市で過ごしました。

幼稚園から中学までは一貫教育だったので勉強する事を中心に育てていただいたと思います。それから高校を舞鶴で過ごします。

このころから少しずつ自分の考え方が形成され、なにか違う事が内面で始まったように思います。もともと音楽や美容や映像の世界に惹かれるものがありましたが、のめり込む事はありませんでした。

そして大学入学とともにサークル活動で始めたストリートダンスに次第に没頭するようになります。

とにかく毎日新しいステップを習うのが楽しくて何時間も夢中になって先輩のステップをなぞっていました。そんな時に当時日本ではまだ新しかったコンテンポラリーダンスに出会います。そもそもダンスのジャンルで服装や動きが分かれている事に違和感を感じて、いま私はジャンルやスタイルに関係なく何かを表現できるコンテンポラリーダンスに限りない可能性を感じ、とてつもなく感動をしたのを覚えています。それからダンスを本格的に学ぼうと思い、バレエを始めジャズダンスを習いダンス漬けの大学生活を送りました。大学卒業後上京。親には反対されながらの上京でしたので援助は一切受けず生活していました。その事がダンスでお金を稼ぐという事に対するハングリーさを生んだのだと今は思えます。その後コンテンポラリーダンスのグループLeni-Bassoのメンバーとして世界17か国で舞台に立つ事で日本人の身体性を考えるようになります。ただ、当時はまだメジャーではなかったコンテンポラリーダンスは国内では集客がなく、いつも心にこれでいいのかという感覚を感じていました。

Leni-Bassoの活動終了とともにミュージカルやCM、PVなどエンターテイメントの方向で活動。コンサートやミュージカルの振り付けを経て2015年に市川猿之助主演スーパー歌舞伎ワンピースの振り付けに大抜擢。スーパー歌舞伎という日本最高峰のエンターテイメントを作り上げる一角を任され今まで感じた事のないプレッシャーのなか初日を迎え、全国で30万人以上を集客、公演は大成功に終わりました。

2018年の今年はみなさんご存知国民文化祭のオープニングアクトで一般の方も障害のある方もお年寄りも小さな子どもさんも全ての方に直接振り付け、社会とダンスの関わり方を考えるようになりました。

これは私にはかけがえのない経験です。

次第に一体になっていく大分県民を目の当たりにし、“スゴイ”といわせる事だけがダンスの価値ではなく“世の中をおさめる為の踊り”という方向性がある事を体感しています。

我々ダンサーには決まった業務はありません。それぞれがそれぞれのやり方で方向性を見つけ社会とのいい関わり方を見出した時に仕事が成立します。そこに止まっていても仕事はありません。毎日、社会とダンスと自分のバランスを感じながら新しく舵をとる。

自分という働き方をする為には全ての面で改善を続ける事。

うまくバランスをとりながら続ける事を続ける事が大切なのではないかと思います。