何故100キロウォークに挑戦したのか

日付 平成26年10月16日
会長 由見 真治朗

今では大分東ロータリークラブの恒例行事となった100キロウォークですが、今日は何故100キロウォークに挑戦したいと思ったのかをお話しさせていただきます。

平成11年10月に始まった行橋~別府100キロウォークは、行橋市の正八幡宮から別府の的ヶ浜公園までの道のりを、制限時間26時間以内でゴールを目指すイベントです。当初は小倉東ロータリークラブの主催で行われましたが、現在は100キロウォーク実行委員会の主催、小倉東ロータリークラブの後援で今回の16回目が開催されました。

大分東ロータリークラブのメンバー7名で初参加したのは平成22年です。それよりも4年ほど前に、岩崎会員から「100キロウォークに挑戦してみないか?」と誘われたのですが、実は以前から100キロウォークには興味があったのです。

いまから11年前「日経ベンチャー」という経済誌のスパルタ社員教育特集に出ていた、「七福醸造」という企業が社員教育の一環で100キロウォークを行っている記事を見たことが興味を持つきっかけとなりました。愛知県碧南市にある「七福醸造」では、平成8年から毎年10月の週末に100キロウォークを実施しています。この100キロウォーク、制限時間は30時間で当初は「七福醸造」二十数名の社員だけで始めました。途中、何度休んでも良いし、「もう歩けない…」と判断すれば、いつリタイアしても構わない。それだけに、「どこまで頑張るか」まさに自分との闘いになります。前年の完歩者は伴走者として初参加の社員のサポートをし、くじけそうな人達の足や背中を揉んだり励ましたりします。80キロ地点を過ぎると、体力も気力も極限に達しているため、そのありがたさに涙を流す人も多いといいます。そして、断念しそうになっていても、「もう少し頑張ろう!」と再び力を振り絞って歩きだし、その結果、完歩率は9割を超えていたそうです。「絶対に歩けないと思っていた100キロが歩けると、凄い自信になる」社員たちはこう口を揃え、そして毎回、色々なことを学ぶといいます。
この100キロウォークが「七福醸造」にもたらしたものは、部署を超えた団結力です。一番の繁忙期である11月~12月には、研究開発部門や製造、営業、経理の社員が早朝出勤し、出荷の手伝いをするそうです。「七福醸造」の現会長である犬塚敦統氏は、この100キロウォーク開催の意図を「社員同士の結束力を高めたかった。100キロを歩くという過酷な目標を達成する時、自分一人では出来なかったことを痛感し、周りにいる人達の支援のありがたさに気付いてくれる。そして、人間は限界に挑戦してこそ、自分の殻を打ち破れるもの」だと語っています。

この「七福醸造」が他の会社と決定的に違う点は、社員のサービス精神の旺盛さであり、西三河地区では「嫁さんをもらうなら七福醸造の社員をもらえ」とさえ言われるほどです。

自分の会社を少しでも良くしたい、そして、いつの日か全社員を参加させたい。そう思った私は100キロウォーク参加を決意しました。それから7年後に初挑戦し、宇佐チェックポイントの61.5キロで無念のリタイアでしたが、翌年に雪辱を果たし無事完歩しました。しかし、あまりの過酷さに「これは、全社員を参加させたらみんな会社を辞めるな…」そう考え、全社員の参加は諦めました。

「七福醸造」の100キロウォークは、いまでは「三河湾チャリティー100km歩け歩け大会」という名称になり、外部の方も参加、昨年も18回目の大会を終了し、1,410名の参加者のうち、836名が完歩をされたそうです(完歩率59.2%)。
今年は10月18日~19日に19回目の大会が開催されますが、その素晴らしい「七福醸造」の100キロウォークには機会があればいつの日か参加してみたいと思います。